翠玉の季節の中で





―ほら、もう信じられるわね?もう大丈夫ね?



部屋に満ちる眩しい朝の光で目を覚ました。
傍らには俺にぴったり寄り添っている紘の姿があった。
「先生、おはよう。」
「おはよ。お前起きてたのか?」
「うん。ちょっと前にね。それでずーっと見てたの。」
「何を?」
紘はくすっといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「先生の寝顔。子供みたいだったよ。」
ぐっ・・・。
俺は気恥ずかしさから言葉に詰まってしまった。
「こ、こら!からかうんじゃない。」
「だって可愛かったんだもん。」
俺のことなんかよりも、お前だよ。なんでこんなに可愛いんだろう。
俺は心の中でひとりごちた。
たまらず彼を抱き寄せる。確かめるように身体をなぞった。
「夢じゃないな。よかった。」
紘も俺にぎゅっと抱きついた。
「うん、夢じゃないね。」
紘は恥ずかしそうに言うと自分から俺の頬にキスをした。
「先生、僕もう大丈夫。先生がいてくれれば何も怖くない。」
「紘・・・」
「先生、ずっとそばにいて。独りはもう・・・・」
「ああ、ずっと一緒だ。もう独りなんかにさせないから」
俺は誓う。お前をずっと守ってやる。
そのことを誓うように俺達は静かな口付けを交わした。




数日後、いつものように俺のアパートへ紘はやって来ていた。
夕食後のひととき。俺は紘の淹れてくれたコーヒーを飲みながらタイミングを見計らっていた。
「なあ、紘。ちょっとこっちに来てくれないか?」
キッチンであと片付けをしていた紘に言う。
「今終わるとこなの。ちょっと待って。」
皿を食器棚に戻すとぱたぱたと俺のそばにやってきた。
その様子はまるで子猫が転がるように走りよってくるようで愛らしかった。
「なに?」
きょとんとした表情もまた堪らなく可愛い。
って俺紘にめろめろじゃん!
「あのさ、ちょっとここに座って。」
紘は俺の言う通りにちょこんと腰を下ろした。
俺はサイドボードの引出しを開けるとそこから直径10cm、高さ10cmほどの円柱状の濃いグレー色の箱を取り出し、紘の前に差し出す。
「え?」
突然の俺の行動に紘はびっくりしている。
「紘。」
俺は優しく呼びかけた。
「こ、これ・・・・僕に?」
そう言いながらチラッと上目遣いに俺を見やった。俺は無言で頷く。
紘は恐る恐る手を伸ばすと俺から箱を受け取った。
「開けてもいい?」
「うん」
ゆっくりふたを持ち上げた。
そこには―。
シルバーの腕時計が収まっていた。
文字盤は艶やかな蒼色で些か小さめだおそらくボーイズタイプなのだろう。だが、しっかりとした造りのものだ。手にとると重量感があるがその重さがしっくりと馴染むことに気付く。ベルトの部分はただ一本に繋がっているのではなく、小さな個々のパーツがまるで背骨のように結びついている。それらは艶のあるシルバーのパーツと艶消しのされているシルバーのパーツが交互に並べられている。秒針はカチッカチッと動くものではなく、まるで流れるように文字盤の上を滑っていく。
「これを僕に?」
「うん、お前に似合うと思って。」
「で、でも・・・」
紘は俺からの突然のプレゼントに驚いていた。
「紘につけて欲しいんだ。・・・いや、正直に言うと俺が紘につけさせたいんだよ。俺がお前をその時計で縛り付けたいんだ。何処へも行かないように。俺のものだという証をお前につけさせたかったんだ。・・・・こんな理由だから嫌か?」
紘はかぶりを振った。
「先生、嬉しい。じゃあ、先生がつけて。先生の手で僕を縛り付けて。」
そう言うと紘は時計を俺に差し出した。
俺は彼から時計を受け取ると、紘の左手首を持ち上げた。その手首に時計をするりと差し入れてカチリと填めた。それから俺はその手首を自分の口元に引き寄せると、手首の裏ちょうど脈打っているところにキスを落とした。
「もうお前を離さない。」
「僕もあなたを離さない。」





俺達は歩き出す。
俺達が進もうとしている道はきっと険しいだろう。
未来はまだ深い霧に包まれて見えないけれど。
其処には苦しみが待っているかも知れない。悲しみが待っているのかも知れない。
それでもこの手を離さずに。絡めた指を解かずに。
俺達は進み続ける。
二人の心は寄り添ったまま。余計なものは脱ぎ捨てて互いを想う心、互いを求める心だけを持っていこう。
俺達の幸福を見つけに行く。


この翠玉(エメラルド)の季節の中で彼と出逢った―。





おわり。





ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
初の連載ものでドキドキでした。
学園ものというよりも教師×生徒でしたね。紘以外に学生出てこないし・・・。
勘の良い方ならわかったかもしれませんが、最後に紘がもらった時計はそうです。あの時計です。ははは。
人間そう簡単に今まで抱えていた闇や恐怖がなくなるわけではないと思うのですが、ハッピーエンドのお話が書きたかったのです。
しかし、純一は教師としてダメダメかもしれませんね・・・。
番外編で俊彰が出張ってますのでよろしければそちらも是非読んでみて下さい。


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