Sweet Poison 10




「もう何も考えたくない。」
それが彼の今の本心だった。
訳の分からない感情に支配され、関係のない彼女を傷つけた。自分をとても心配してくれた大切な彼女の信頼を裏切ったのだ。
もう彼女は許してはくれないだろう。いや。自分でも自分が許せない。
恩を仇で返したと同じだ。
こみ上げた嫌悪感で反吐が出そうだ。
彼は気がついていない。彼の苛立ちは「嫉妬」から生まれたものだということを。いや、心の奥底では本当は気がついているのかもしれない。気がつかない振りをして、いや、気がつかないようにそれから目を背けているのかもしれない。結城の瞳に映る細川。結城の信頼を受けて輝いている細川。結城のパートナーとして周りから認められ始めた細川に抱いた嫉妬の念。自分じゃない男があの人の隣に居る。それだけでも心臓が抉られそうだ。自分じゃない男があの人を支え、あの人に優しく微笑みかけられる。なんという絶望------。
それに加え、由貴を傷つけたことを責めていた。
やり場のない嫉妬の感情が彼自身が理解する前に激情となって彼を支配した。その結果、由貴を捌け口としてぶつけ、彼女を傷つける結果となってしまった。独り善がりの浅ましい行動だった。
「ごめん、・・・・ほんとにごめん・・・・・」
何度その言葉を口にしただろう。
だが、その謝罪の言葉は傷つけられた立場の彼女には届いていない。それが届かなければ意味はない。いくら謝ろうとも相手が謝っているとわからなければ、謝罪の意味はない。
もう、彼女には会えない。
いいんだ、俺が悪いんだから。俺を恨んでくれて構わない。罵ってくれても構わない。
それだけ酷いことを彼女にしたのだから。



それからの日々は雅弥にとって地獄のようだった。
余計なことを考えないように忙しさで自分を守ろうとした。仕事に逃げることで己の内なる感情から目を逸らし続けた。もう何も考えたくなかった。
自分の殻に閉じ篭もり、外界をシャットアウトした。仕事上、人と関わることは避けられなかったが、できうる限り最小限に抑えた。誰も自分のテリトリーに近づけなかった。他人が煩わしかったし、苛立ちを抑えられずまた何らかの形で他人を傷つけることがあるかもしれない。不安だった。
なら、初めから近づけなければいい。初めから切り捨てればいい。
細心の注意を払って人と接した。表面上の付き合いで割り切った。
それでも、時々孤独を感じた。孤独は辛うじて平静を保っている雅弥の心を蝕んだ。その度に彼は傷口に塩を摩り込まれるように苦痛を感じるのだった。
気を緩めれば罪悪感に苛まれる。だから、彼はがむしゃらだった。
それだけではない。
あの苛立ちも由貴への罪悪感とは別に雅弥の中に湧き上がって彼を支配しようとした。それらの感情が渦巻く中、自我を保っていることはもう苦痛でしかなかった。限界まで張り詰められた緊張の糸はもういつ切れてもおかしくない。ぴんと張った糸はさらに徐々に張り詰められていき、軋む音が聞こえそうな感じだ。こんな状況で長く持つわけがない。
酷い激痛と吐き気。ぼやけた視界に最後に映った赤が滲んでいく。
そして、その時は遂に訪れた------。











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