真実に微笑を 1 |
夜明けの清澄な空気が部屋に広がってくる。先刻までこの部屋を覆っていた艶めかしい濃厚な空気は徐々に薄まり浄化されているように思えた。 ほんの数時間前は邪慾を欲しいままにして痴態を晒し合った。互いに身体を蠢動(しゅんどう)させ更なる高みに誘(いざな)った。 そんな淫らでかわいいこの人は俺の胸に頭を乗せて眠っている。 ・・・空は白み俺達の最後の夜が明け始めた。 世界は太陽の光に満ちて新しい一日が始まろうとしているのに、俺達は終焉を迎える―。 ふたりともこの日が来ることは判っていた。 それを承知で始めた関係。 永遠なんてそんなもの何処にもなかった。 結城翔(ゆうき・しょう)との出逢いは1ヶ月前。 彼は本社から俺達、新人技術員教育のためうちの支店にやって来た。 俺より3歳年上の彼は物腰が柔らかく落ち着いた感じだ。少し色素の薄く柔らかそうな髪は穏やかな印象を与えている。長めの前髪をかきあげる仕種は優雅さを漂わせていた。彼の細く長い指の間をさらさらと流れる美しい髪。同性に対して言うのはおかしいかも知れないが、彼は美しかった。人目を引くのはその容姿だけではなかった。彼の仕事ぶりは完璧だった。だからこそ本社において新人技術員養成を任されているのだ。 俺はそんな’美しい’彼とパートナーを組みOJTをすることとなった。 入社3年目の人事異動で俺は保守サービス部へ異動となったのだ。 一人前の技術員になるには本社で行なわれる各研修カリュキュラムを受講した後、実際の作業での経験を積む。本社での研修は1カ月間。その研修で俺達はみっちり基礎を叩き込まれたのだ。現場では先輩技術員と2人一組となり作業をする。いわゆるOJT。実際作業をこなすことが訓練となる。 俺達技術員は通常オフィスに待機しており、トラブル時に設置場所(現場)に向かい作業する。まあ、いつくるともわからないコール(顧客からの修理依頼)を待っている状態といえる。 もちろん、待機中ただぼーっとしている訳ではなく、その間には伝票整理や報告書作成、部品返品処理などたまっているデスクワークをこなさなくてはならない。 俺は慣れない仕事で毎日毎日必死だった。やらなくてはいけないことが目の前に山のように積み上げられているような錯覚。こなしてもこなしても一向にその量は減らないように見えた。 俺は焦燥感に追い立てられ行き詰まっていた。 全く気持ちに余裕のない中で客先での作業トラブルが無かったのは幸いであった。 俺は自分に言い聞かせる。 急がないと。早く、時間がない―。 俺は2ヶ月の予定でここの支店にやってきた。新人技術員の教育のためだ。 本社での基礎研修を終えた彼らはOJTにて実地経験を積んでもらわなければならない。技術員にとって経験値は今起こっている現象から原因を見極めるための重要なものさしとなる。 俺とパートナーを組んだのは古河雅弥(ふるかわ・まさや)。 スラリとした長身に適度についた筋肉。健康的なその姿はいかにも好青年という感じだ。やや面長で整った顔立ち。艶やかな漆黒の髪と少し鋭い黒い瞳。前をまっすぐに見据えるその綺麗な目には一点の曇りもないように思えた。 俺より3つ年下の彼は、この仕事に意気込みをもっているようだった。それはある意味若さゆえのもので、近くに居れば居るほどそのオーラは眩しかった。 彼にはセンスもあった。持って生まれたセンスは最大の武器になる。これがない人間は必ずどこかで行き詰まる。 そんな彼の様子が変わってきたのが俺とパートナーを組んで3週間を過ぎたあたりからだろうか。彼は生気を徐々に失っていったのだ。しかし、そんな中でも毎日の仕事を彼は必死にこなしていた。傍から見てもそれは精一杯のがんばりであった。 だが、そんな張り詰めた状態が長く続くはずがない。 実際、彼はいつ失速してもおかしくないほど追い込まれていた。 彼自身は普段通りの自分を努めて繕っているようだったが、その必死さは何故か俺の心を締め付けた。その苦い思いは強くなる一方で・・・。 とうとう俺はそんな彼を見ていられなくなっていた。 何があったんだ?いったい何がそれほどまで彼を追い詰めているのだろう・・・? |
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