真実に微笑を 4 





「・・・結城さん・・・お、俺。」
「古河。お前本気で言ってるのか?」
「本気です。結城さんは俺を仕事のパートナーとしてしか見ていないことはわかっていました。当たり前ですよね。結城さんはパートナーとして俺を心配してくれたんですよね。それなのに・・・・。」
俺はいたたまれなくなった。これ以上この人が困る姿を見たくなくて早くこの場から逃げ出そうとした。
「古河!」
結城さんは立ち上がった俺を呼び止めた。
「古河。お前わかっているのか?俺は男だぞ。」
「もちろんそんなことは百も承知です。それでも、あなたが好きなんです。」
俺がそう言い切ると結城さんは自分も立ち上がって俺に近づいてきた。彼の目はまっすぐに俺を見ていた。
「俺は自分の家庭も満足に守れない男なんだ。自分勝手なんだ。お前が思ってくれてるようなそんな男じゃない。だから・・・」
「結城さん!俺本当にあなたが好きなんです。過去に何があったとしてもこの気持ちは変わらない。こんなに好きなのに!」
俺は必死で訴える。何があっても、どんなあなたでも。俺のこの気持ちに変わりはないと。
結城さんは俺に過去を打ち明けてくれた。嬉しい。



結城さんは静かに口を開いた。
「古河。俺、お前の気持ちを知って正直驚いた。・・・でも、何だか嬉しいんだ。お前にそんな風に想われていたことが嬉しいんだ。俺のこの気持ちはお前の気持ちと違うのかも知れない。自分でもよくわからない。」
「結城さん・・・。」
「お前、どうしたい?これから俺とどうしたい?」
「俺は・・・・俺は結城さんといたい。あなたのそばにいたい。」
「俺はあと1ヶ月で本社に戻る。おまえ・・・それでもいいのか?」
「それまででいい。その間だけでもいいからあなたのそばにいたい。」
俺は右腕を伸ばし、彼の頬に触れた。指を滑らして彼の形のいい唇をなぞる。
「・・・ずっとあなたに触れたかった。」
俺達の唇が近づいていく。・・・それは静かな口づけだった。


絶対に報われない恋だと諦めていたはずだったのに。俺はどんどん欲深くなっていった。俺は彼の全てを欲した。
息がかかるほどの距離で見詰め合ったまま俺は言った。
「結城さん、俺あなたの全てが欲しい。もう止められないんだ。あなたが俺の中の枷を外してしまった。」
結城さんは俺の首に両腕を絡ませる。
「古河、俺の気持ちをお前と同じものにさせてみろ。できるか?」
その挑戦的な眼差しに一瞬捕らえられた。
俺はその答えの代わりに噛み付くように口付ける。舌を割り入れ歯列をなぞる。彼の舌を絡めきつく吸い上げた。互いに貪るような口づけを繰り返す。
「んっ・・・」
結城さんが喘ぐ。永い口づけで飲み込めなくなったどちらのものともわからない唾液が彼の喉を伝っていった。それを舐めとるかのように俺は唇を喉へ這わせ鎖骨を噛む。
結城さんの呼吸は乱れ、身体からは力が抜けていた。俺は結城さんをゆっくり押し倒すと顔を近づけその目を覗き込んだ。
「あなたを俺のものにします。俺だけのものに。」
彼の首筋へ舌を這わせる。彼の吐息は徐々に湿気を帯びた熱っぽいものとなっていった。俺は時折強く吸い上げ彼の肌に赤い花を散らせる。俺の印をつけるように。耳朶に軽く歯を立てると彼の身体がぴくんと跳ねた。
「あ・・ん。」
「ここ感じるんだ。じゃあこっちは?」
俺はからかうように言って胸の飾りを指で弾いた。
「ああっ・・・。やめ・・・。ふるか・・・わ。」
俺はひとつひとつ確かめるように彼の身体を愛撫していった。彼の身体は思っていた以上に敏感だった。
俺は彼に口づけて言った。
「結城さん、あなたのこと名前で呼んでいい?俺のことも名前で呼んで。」
「ま・・さや・・・」
「ああ」
俺は歓びのあまりため息をついた。ぞくりと快感が身体を駆け抜けた。彼の声に乗せた自分の名前はなんと甘美に響くのだろう。今までこんな気持ちになったことはない。誰かに名前を呼ばれただけで・・・。
「翔。ごめん。」
俺は僅かに残った理性で詫びた。
「もう止まらないんだ。」
それからはもう完全に理性を失った。己の欲望のまま本能のままに彼を抱いた。無我夢中だった。
部屋には俺達の荒い息遣いと喘ぎ、そして濃厚で淫靡な空気が全てを支配していた。





この日から俺達の関係は始まった。
会社では今まで通りの態度を決して崩すことなくお互いそれぞれの仕事をこなした。そして夜には・・・。
俺達の時間には限りがある。俺達は夢中で愛し合った。
少なくとも俺はこの恋に全てを賭けてもいいとさえ思った。
しかし、時が刻一刻と過ぎるのを一体誰が止めれるというのだろう。それとも偉大な父なる神であればそれは可能なのだろうか?
どれだけ俺達が愛し合っても。
これほど俺があなたを求めても。
どこまで俺達が堕ちていこうとも。
ならば・・・。
いっそ出逢わなければよかったのか?出逢いは罪だったのか?
俺達の砂時計はさらさら砂を落とし続ける。

最後の夜。俺達はほとんど言葉を交わすことはなかった。俺達の間には言葉すらも必要なかった。触れ合う肌から伝わる想い。言葉がなくてもお互いを本当に理解できる、分かり合えるということは時として残酷で切ないものなのだと初めて気付いた。
俺はあなたと出逢ったことを悔やんでなどいないしこれからも悔やまない。
あなたとの愛が俺に齎(もたら)した苦しみですら、愛しさへと変わっていく。
こんな愛があるなんて今まで知らなかった。こんな愛を知らずに俺は今までどうして生きてこれたのだろう?





あの別離の朝のことを思い出す。
目覚めた彼は無言で俺を見つめていた。彼の瞳は本当に美しかった。
最後に交わした口づけ。
彼の肌の感触も匂いも何もかもを鮮明に思い出すことができる。
彼がいなくなった今でも。
ふと浮かんでくる彼の笑顔。彼の透き通るような声。
いつも彼の面影をどこかで探している。彼に似た青年を街で見かけるたび無意識に目で追ってしまう。それは俺の感覚に刷り込まれた彼の記憶。
想い出は優しいだけで俺を決して傷つけたり苦しめたりはしないけれど。
もう逢うことはないのだろう。
でも俺はこの想いを抱えて生きていく。
彼を愛したこの真実を胸に深く深く刻み込んで―。











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