さくら 《後編》



この男はいったい自分に何を求めているのだろう?
7年ぶりに再会した彼は変わってしまっていた。優しく自分を包み込むように抱いてくれた彼はもういない。目の前にいるのは、あの彼の面影をもった別の男だ。本能のまま相手を捕らえれ放さない、そんな男なのだ。
だが、忍はその男に抵抗しない。
忍は望んでいる。求めている。たとえ強引であったとしても与えてくれる快楽を。現実を忘れさせてくれる強い腕を。
あれから後も、忍には幸せはなかった。水商売の母親に近づく男たちはろくな奴等じゃなかった。挙句の果てに、母親は若い男と出て行った。忍を置き去りにしたのだ。
母のほかに身寄りのいない彼は施設に預けられ、中学を卒業するまでそこで過ごした。奨学金で高校に入学し今は一人で暮らしている。精一杯だ。生きているのが。
幼い佑一が与えてくれた優しい記憶を支えに生きるには、忍はまだ幼すぎた。皮肉なことに、佑一のあの優しさは忍に現実とのギャップを一層感じさせることにしかならなかった。
-----優しさなんていらない。
忍は考えることを放棄し、これから与えられるであろう快楽に身を任せる。
肌蹴たシャツから侵入した男の手の動きに意識を集中させる。胸の突起を捏ねて攻められ快感の吐息をもらす。舌で転がされ、その刺激に喘ぐ。
男の手は滑り落ち、やがて辿り着いた忍自身に触れた。忍はもう何も隠さない。
その動きに導かれるように自分を高める。与えられる刺激を快感にすり替え、すべてを受け入れている。
それは、自己防衛だ。苦しみや悲しみから逃げるために無意識に身に着けたもの。
それはあまりにも悲しい。
忍の先走りの蜜を拭うと、佑一はその奥の秘所に手を伸ばす。指がそこ掠めた瞬間、忍は身体を震わせて今まで以上の熱い吐息を吐く。
「・・・あ・・・はぁっつ・・・ああああ・・・・」
忍が嬌声をあげた。男の指がひくひくと脈打っている蕾にくいっと入ったからだ。
「・・・・ずいぶんと簡単に飲み込んだな。・・・・・おまえ、やっぱり・・・・」
快感に震えながらも、忍は哀しげな瞳で佑一を見た。
佑一もそれ以上は何も言わず、より深く指を飲み込ませて忍の中でかき回す。忍がさらに悶えると、男は指を二本に増やした。
身寄りのない忍が生きていくには金が必要だ。
忍はどうしても高校に進学したかった。だから学費を稼ぐため、生活費を稼ぐため、彼は彼の身体を使ったのだ。少年のようなしなやかな身体を。
そして、その行為には彼を苦しい現実から解き放ってくれる力があることを彼は知ったのだ。もう、その行為にためらいはなかった。自分の生活を守るための重要な手段となった。
「ん・・・・・あっ・・・はっ・・・・」
もはや忍の口から発せられるのは快感に満ちた濡れた喘ぎのみとなった。
男は容赦なく忍を攻め続ける。
男に身体を反対にさせられ、忍は満開に咲く桜の木の幹にしがみついている。忍の腰がもう我慢できないというように揺れ始める。疼く熱になかなか与えられない決定的な快感を欲しがって、淫らにも腰を揺らす姿は夜桜の中に妖艶に浮き上がって、男を殊更煽った。堪らなくなった男は自身を忍に宛がう。そして、一気に貫いた。
「ん・・あぁぁああああ・・・・」
急激に与えられた刺激に逃げた腰を掴んで、自分のほうに引き寄せてさらに深く突き刺す。当初の痛みと圧迫感は徐々に熱を帯び快楽へと変わった。男の抜き差しに合わせ腰を振り、乱れる。ねっとりと絡みつく粘膜の熱さに、男のほうも追い詰められた。
やがて、より一層深部を貫かれた忍は絶頂を極め白濁した蜜を撒き散らした。その刺激で内膜が戦慄き締め付けられた男も絶頂を迎えて忍の中に迸りを放ったのだった。



さわさわという微かな音に気がついた。
どうやらしばらくの間気を失っていたらしい。忍はゆっくりと目を開けた。
----!
目前には桜の花吹雪。わずかな風でも、満開の桜は花びらを降り落としていた。しばし言葉もなく、ただその様子を見つめた。
忍は木に寄りかかって根元座っている。身じろぐと自分を包んでいるものに気がついた。男の上着が掛けられていた。意外な優しさに驚きを隠せない。
はっとして顔を上げると、傍らには男が立っていた。会ったときと同じように紫煙を燻らせながら・・・・・。
この人も桜を見ていたんだろうか・・・・。
忍はふと思った。
男は忍が目を覚ましたことに気がつくと、自分も隣にしゃがみ込んだ。そして少しずれていた上着を忍の肩にかかるように直してやる。その動きはとても自然で、銜え煙草の男にはあまり似遣わしくない。
そんな男の態度に戸惑って言葉もない忍の髪を2、3度梳くと、男は立ち上がった。
紫煙を吐きながら立ち去る男に向かって、やっとの思いで忍は言った。
「あ、あの!・・・ま、待って・・・・・」
その声に立ち止まった男はゆっくりと振り向いた。
「・・・あの・・・・これ・・・・・」
忍は自分に掛けられている上着を指して言った。
忍の言いたいことは男に伝わったらしく、特に何の感情も表れていない声が響いた。
「次に会うときに持って来い。それまで貸しておいてやる。」
夜も更けて、シャツ一枚では肌寒い。しかし、男は忍にそう言った。
シャツ一枚で寒かろう男はそんな様子など感じさせず、そのまま立ち去っていった。
男の背中が闇に消えていくまで忍はじっと見つめていた。漸く見えなくなると、急に肌寒さを感じて男の匂いがする上着に顔を埋めた。
佑一が最後に自分の髪に触れた感触を思い出す----。
冷たい態度と抑揚のない声。容赦なく自分を攻め立て、追い詰めた。子供の頃のあの優しい佑一とは別人としか思えなかった。そう思いたかった。彼があんなに冷たい人間になったと思いたくなかったのだ。
だが、自分に上着を掛けてくれた彼。髪を梳いてくれた彼。
冷たい態度とは裏腹なその行動はとても暖かく優しいものだった。
そのちぐはぐな彼に忍は戸惑った。彼の本心が分からなかった。
そして、さも当然のようにまた会うことを告げた彼------。
桜が舞う中で忍の心は乱れたまま、なすすべもなく佇んでいた。




桜は散った。
数日前の闇に浮かび上がるような美しい薄紅色の姿はもうなく、そこには青々と芽吹いた新緑の葉が存在している。
すっかり姿を変えてしまった桜。
だが、来年の春にはまた美しい花を咲かせるだろう。
忍は数日前に見た桜吹雪を思い浮かべて、目を閉じた。
ふと優しい風が吹き抜けて新緑生い茂った枝を揺らした。
ゆっくり目を開けると遠くに小さな灯りを見つけた。それはあの男の煙草の灯り。紫煙を燻らせながら近づいてくる男をはっきりと目に捉えると、忍は再び瞳を閉じた。
男からの優しい口付けを受けるために-------。


おわり。



最後までお付き合いいただきありがとうございます。
・・・・っていうか、こんなのでごめんなさい。
えーとですね、夜桜を書きたかったのです。暗闇の中に浮かび上がる薄紅色はとても幻想的で好きです。ちょっとした花見スポットでは必ずライトアップされていて綺麗ですよね。
今年はお花見に行けなかったので、こんな妄想をつらつらと書いてみましたが・・・・意味不明ですいません。来年こそは、花見に行くぞっ!(って気が早い?)


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